2011年1月2日日曜日

高齢者と手すり

新年を迎えますます日本の
高齢化が気になる。

歳をとって転倒し
寝たっきりになり
その後が大変な毎日・・・
という話をよく聞く。

転ばぬ先の手すり
考えてみたい。

 


2010年12月29日水曜日

あいまい接合

少し構造力学をかじった人には

ピン接合 剛接合といってもすぐにピンとくる。

一般の人にはなかなか分かりにくい。

錦帯橋のアーチの両端の接合方法は

どちらの接合であろうか・・・

どちらでもない

江戸時代も現在も。

あえて言えば

あいまい接合と言っておこう。
 
あいまいさで

柔軟性と美しさを得る。

人の世もそうかもしれない。
 



2010年12月28日火曜日

見えないところにも 価値がある

錦帯橋

その美しさ、巧みさ・・・これらは見ることができる。

見えているものすべてが錦帯橋の価値を高めている。

しかし、見えないところにも価値は隠されている。


見えないところ

詳しく表現すると

その形はあるが、物理的に隠れているもの と

形のない無形のもの とに

区分される。

特に無形の価値を探求し

それを理解することが重要である。








2010年12月26日日曜日

加湿 

大気の水分が減少し

室内の暖房がそれに拍車をかける。

気が付くと身の回りで

湿度計が数台稼働している。

人体もいたわっているのだが

本来の目的は楽器。


木をいたわるために

気をいたわるために

一工夫・・・
 




 



2010年12月25日土曜日

カドミウムレッド 

今年も年賀状を手作りした。

最近は書道の味わいで作っているが

来年の干支ウサギの目の赤色は

水彩絵具の力を借りた。

久々に画材店に行った。

鮮やかな赤を目指して・・・

約500羽のウサギに見つめられうっとりである。




 


2010年11月23日火曜日

錦帯橋

■ 錦帯橋は「木と石と鉄の芸術」 ■

 今まで錦帯橋のことは、「釘一本使っていない錦帯橋」とか「木組の錦帯橋」と言うように表現されていました。本当にそうでしょうか…。
 結論から言いますと、錦帯橋は、「木と石と鉄の芸術」と言うことが出来ます。いや、そういうべきです。吉川広嘉をはじめとして創建に携わった多くの人々の技術水準と美的感覚のすばらしさに今更ながら敬服いたします。

[木]・・・

 錦帯橋は「木」でできたアーチ状の橋体の部分が大変印象的で「木」だけで出来ているような気がします。もちろん「木」を主体にして橋は造られていますが、本当に「木」だけで出来ているのでしょうか。

「石」・・・

 また、錦帯橋を横から見ると橋台(橋脚)は明らかに「石」で出来ており、この頑丈な橋台が石の「島」なればこそ長年の激流にも耐えることが出来ました。さらに橋の真上から見ると橋台は川の流にそって造られています。激流から橋台が受ける抵抗を減少させるための英知がうかがえます。また、橋台の上流と下流の川底にはぎっしりと石が敷き込まれ、簡単に橋台の根元がえぐり取られないようにしてあります。橋台は「木」との色調にまで配慮された暖色の石積みです。とくに、橋台は連続する木製アーチに直交し、両者はあらゆる角度からの眺めに絶えず最高の姿を示してくれます。

「鉄」・・・

 錦帯橋の橋体が本当に「木」だけで出来ているのでしょうか。ふと疑問に思い、実際に橋を渡ってみたり、橋の下から見ると、色々な所に「鉄」(正しくは「鉄」ではなく「鋼」と表現すべきでしょうが、ここでは一般的な表現として「鉄」と表示します)が使ってあります。 なぜ「釘」一本使っていないと説明する必要があったのでしょうか。「釘」を使っていると錦帯橋の価値が下がると思ったのでしょうか。大変不思議なことです。
 むしろ逆に「鉄」の利用方法に長けていたと言う方が正しいのではないかと思います。
 構造力学的に探求すると極めて巧に「鉄」が使われています。「釘」や「かすがい」という単純な接合材としての利用はもちろんです。究極的な利用は「巻金」です。「巻金」は組立アーチ(5本の組立アーチで1スパンの橋体が出来ています)そのものの実現に決定的な要素として考案されました。「巻金」はC型の鉄材です。組立アーチは少しずつずらしながら上下に重ねられた多くの木製の桁材で出来ています。しかし重ねただけではばらばらになります。これを要所要所で締め付けるためにこの「巻金」が使われました。「巻金」は2個づつ対にして使われています。「巻金」のおかげで組立アーチの剛性はただ単に重ねた桁材の数十倍、数百倍にもなります。「巻金」は錦帯橋で最も重要な「部材」と言っても過言ではありません。実際に「巻金」を取付けるにはちょっとしたアイデアが必要です。皆さん考えてみてください。
 錦帯橋が創建された1673年の姿は現在の錦帯橋よりもはるかにスマートであったと断言できます。それは今日見られる、「鞍木」(下から見ると「V」の連続した形に見える補強材)は1678年以降に取付けられたという記録から言うことが出来ます。
 すなわち、創建者は相当この「巻金」で補強された「組立アーチ」に対して自信があったものと推察されます。従って錦帯橋を語るとき「鉄」を語らずして創建者の意をくむことは出来ません。また「鉄」なくしてはこのような芸術的な姿は実現することが出来なかったのです。

錦帯橋
 

2010年11月22日月曜日

錦帯橋

錦帯橋


■最近錦帯橋の世界遺産化への運動が盛んになっている。

■二十数年以上前から錦帯橋は世界遺産だと唱えていた私にとってまさに期は熟してきた感がある。

■ところで、錦帯橋は創建当時のものが何も残っていないので、価値がないという人がいた。

■しかし、最近は、技術の伝承も文化遺産だと言う認識が芽生えつつある。

■ただ伝承の実態が重要な問題である。

■以前平成の錦帯橋架替に従事した大工さんが自分の理解の範囲で錦帯橋の図面を書いたと説明していた。

■ただ、現場では頑固親父の大工がその図面を無視し勝手に施工したところもあるとのことである。

■平成の錦帯橋架替工事の大工工事のみならず金属工事、石工事等々の総監督をしたのは元請である岩国建築協同組合である。

■その組合の一員として当時監督した経験を持つ私には、今回の伝承の実態を検証する責任の一端がある。

■昔の錦帯橋の図面とそのとき架かっている錦帯橋を見て自分の能力の範囲だけで独断的に施工図を書く。

■はたしてこれが伝承と言えるのか・・・。

■たとえば、錦帯橋のアーチ部については、児玉九郎右衛門が設計したその基本コンセプトを理解せずして盲目的にコピーを繰り返しても、そこには矛盾が残るばかりである。

■先に示した平成の大工は錦帯橋のアーチは円弧で出来ていると書き残した。残念である。創建以来そのような痕跡は全くない。

■最近錦帯橋にかかわりのある大学教授が錦帯橋のアーチ形状はカテナリーだとテレビで断言していた。

■私の錦帯橋のアーチ形状に関する理論がかなり浸透した証と喜んでいる。


錦帯橋
 
       模倣と伝承は異なるものである。